ベルティ「ダービーのために生きていた。凄まじい敵だった」

ベルティ「ダービーのために生きていた。凄まじい敵だった」

 元インテルMFがメモラビリアに登場した。「私は喜んで背番号8をインスに譲った。インテルファンとは特別な関係を築けていたよ」

 アッピアーノ・ジェンティーレ発 - プロ選手になったばかりのベルティがセリエA発ゴールを決めた相手がインテルだった。ニコラ・ベルティがインテル・チャンネルの番組『メモラビリア』で自身のキャリアを振り返った。「あれは素晴らしいゴールだったね。センターラインからドリブルし、最後はGKツェンガの上を越すチップシュートを放った。おそらくあれが、周りの人たちが私のプレーに驚き、私に注目し始めた時だろうね。でも、私は既に良いシーズンを過ごしていたし、ポジションも変えていたんだ」

 「私がインテルに加入してからすぐ、新記録を達成してスクデットを獲得したんだ。私たちはリーグ戦で素晴らしい成績を残したよ。事実を言うと、私は最高のスタートを切れていなかったが、私は開幕してからの2週間でサンプドリア戦とローマ戦でゴールを奪った。あれで私は自信を持ったんだ。インテルファンとは特別な関係を築けていたよ」

 「私のダービー初得点は素晴らしかったし、ACミラン観客席の前だった。アルド・セレーナが前方にいたけど、私はそのまま走り続けた。そして、ゴールパフォーマンス中にファンたちに小さく手を振ったんだ。私にはダービーでの非常に良い思い出がある。その当時を振り返ると、私たちはピッチ上ではなく、すべてのウォーミングアップをジムで行っていた。その瞬間、私は楽しんでいた。ACミランの偉大なる選手たちを見ることが出来たし、計画的にルート・フリットとフランコ・バレージとボールを蹴ったことを覚えているよ。ダービーはクレイジーだったね。ACミランは凄まじい敵だった。両チームは全く話さなかったんだ。私はイタリア代表U17でマルディーニと一緒にプレーしていたけど、プロになってからは数年間、彼とミランでは会話をしていなかったよ」

 「私は背番号8を着ていた。だが、インスが私の家にディナーを食べに来た時、私は彼にネラッズーリと契約を結ぶように説得したんだ。そして、彼がインテル選手になった瞬間、彼に背番号8を譲ったよ。とても嬉しかったんだ」

 1991年、インテルはUEFAカップ優勝を成し遂げる。「言葉では表せられない感情だった。私たちはスタディオ・オリンピコではあまり良くプレーしていなかったが、スタジアムは超満員だった。その年は、イタリアで世界トップ選手がプレーしていた。例えばレアル・マドリードの選手でさえも、イタリアにいた選手と比べるとあまり有名ではなった」

 彼が多く持つ逸話のなかには最高の目覚めの瞬間のエピソードも含まれている。「私たちがウィーンで勝利する前、ウィーン駅前近くのホテルに宿泊していたんだ。そして、その朝に、「E facci un gol...」という声が聞こえたんだ。私はまだ夢を見ているのかと思ったけど、ファンたちがホテルの外で私の歌を歌っていたんだ。私は最高の気分で起床し、ピッチ上でそれを力に変えたんだ」

 「私はインテル最後のシーズンにロナウドとプレーしたよ。彼のようなサッカー選手は見たことなかった。彼はパワーとテクニックを両方兼ね備え、何度か彼が卓越したプレーをした時に、私はベンチから立って拍手していたよ」


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