ヴェスレイ・スナイデル、オランダのカリスマ

スナイデルの33歳の誕生日に、インテル三冠ヒーローのキャリアにおけるハイライトを振り返る。

 ミラノ発 – ヴェスレイ・ベンヤミン・スナイデルは、1984年6月9日にアムステルダムの南に位置するユトレヒトに生まれた。トータルフットボールの国で生まれたヴェス(スナイデルの愛称)が後にピッチの上の芸術家となり、オランダ代表最多キャップ数(エドヴィン・ファン・デル・サールと並ぶ130試合)を記録する選手となるのは、何も驚くべきことではないかもしれない。

 スナイデルが26歳になる少し前の2010年4月の夜、メアッツァは不気味な静けさに包まれていた。ペドロ・ロドリゲスのゴールでバルセロナが先制に成功したのだ。バルセロナは当時、世界最高のチームとして名を馳せていた。確かにその夜までは、彼らは世界で最も強いチームだった。

 しかしジョゼ・モウリーニョ指揮下のインテルもヴェスをはじめ強い選手を備えていた。同選手のゴールは同点弾となっただけでなく、バルセロナを苦しめた明確な証となった。ゴールの瞬間、ネラッズーリはこの歴史的な夜の最初の喜びを味わったが、それは三冠制覇を狙うインテルにとって最大の意思表明だったと言えるかもしれない。

 ヴェスはこのチャンピオンズリーグ準決勝で、1得点1アシストを記録。ベルナベウで行われた決勝ではディエゴ・ミリートが2ゴール挙げてインテルを優勝に導いたが、ヴェスはその1点目をアシストし、鍵となる選手であることを証明した。約12ヶ月前に冷たく扱われていた、その同じスタジアムで。

 ユトレヒト出身でアヤックスで成長したヴェスレイ・ベンヤミン・スナイデルは進み続け、時間を無断になどしない。ミラノに到着してすぐにネラッズーリの背番号10番のユニフォームに袖を通すと、4-0でインテルが勝利したダービー戦でそのキャラクターとカリスマ性を見せ付けた。

 スナイデルはトルコのガラタサライでもそのカリスマ性を発揮し、優れた技術ですぐに地元ファンの人気を得た。

 2013年1月にインテルを離れたスナイデルだが、そのことによってインテルがコッパ・イタリア、セリエA、チャンピオンズリーグの三冠に輝いたあの素晴らしいシーズンに、同選手がクラブを助けたことが忘れられることなどない。彼はジョゼ・モウリーニョの4-2-3-1に最もマッチしており、夢の実現の立役者だった。これこそ、ネラッズーリ・ファンが思い出す彼の姿だ。


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