インテル・ホール・オブ・フェーム:デヤン・スタンコヴィッチ

 デキがマテウスに続きMF部門で今年度のネラッズーリ・ホール・オブ・フェーム入りを果たした。

 ミラノ発 – デヤン・スタンコヴィッチがFCインテルナツィオナーレ・ミラノ殿堂入り(Hall of Fame)を果たすこととなった。2018年、初のクラブ殿堂入りとなったワルテル・ツェンガ、ハビエル・サネッティ、ローター・マテウス、ロナウドに続き、今年度はスタンコヴィッチがフランチェスコ・トルド、ジャチント・ファッケッティ、ジュゼッペ・メアッツァと共にレジェンドの仲間入りをする。デヤン・スタンコヴィッに関する物語はこちら:

 全てに火を灯す、灼熱の炎。強烈な狙い澄ましたシュートによって名を馳せた同選手は、想像を絶するゴールの数々を生み出した。チームメイトから「スナイパー」のニックネームで呼ばれた一方で、同選手は単なる「デキ」であり続けた。スタンコヴィッチがインテルで辿った道のりは、運命に宿命づけられたものだった。決断と相性が前面に押し出されるスポーツの世界において、デキの有する尊厳と忠誠心は他に類を見なかった。同選手のインテル初ゴールは#DerbyMilanoで生まれている。それはミラノをネラッズーリの支配下へと置くために、同選手が心に深く刻み闘い抜いた一戦だ。

 デヤン・スタンコヴィッチはあらゆることのできるミッドフィールダーで、中盤であらゆる役割をこなすユーティリティープレーヤーだった。常に自己犠牲の精神で全力を尽くし、その姿勢は物事がうまくいかないときでも変わることはなかった。根性と決意、精密さと知識に裏打ちされたスタンコヴィッチは、あらゆる局面で力を発揮した。同選手は326試合で42得点を記録し - そのいくつかは伝説にも等しい。考えも及ばぬような中盤からのボレーシュートでゴールを奪ったジェノア戦に、その得点のノイアーがゴールを守るシャルケ戦での再現は、考えずとも脳裏に浮かぶことだろう。5度のリーグ優勝、1度のチャンピオンズリーグとクラブワールドカップ制覇、コッパイタリアでは4度優勝杯を掲げ、スーペルコッパ・イタリアーナでは4度のタイトル獲得を果たしている。

 だがデヤンがより際立った選手として他の選手から一線を画す、同選手がインテルでの時間、そして勝利をどのように受け止めたかにある。それが最も顕著に現れたのは2007年のシエーナ、マテラッツィのPKを真のインテルファンがするように見ることのできなかった瞬間だといえるだろう。そのような場面の数々を通し、デキのインテルのユニフォームとの繋がりが色濃く感じられた。1年後、パルマ戦後のセレブレーションの場面も同様に、その1つに数えられる。リーグ優勝を決めたイブラヒモヴィッチの得点後、アウェイに足を運んだサポーターの前で膝をついた同選手は、湧き上がる感情に涙を抑えることができなかった:「僕はこのカラーを身につける栄誉を授かり、この色が僕の肌から色褪せることはないだろう。僕はこの色を消し去ることは決してできやしないし、だれかがそうすることも望まない」。スタンコヴィッチは正しかった。デキはネラッズーリの歴史に永遠にその名を刻むこととなったのだ。


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