アシュリー・ヤングがインテルに加入

アシュリー・ヤングがインテルに加入

 イングランド出身のディフェンダーがマンチェスター・ユナイテッドからインテルに完全移籍を果たし、2020年6月30日までの契約(延長オプション付)にサインを済ませた。

 ミラノ発 – アシュリー・ヤングが正式にインテルの選手となった。イングランド出身の34歳のDFはマンチェスター・ユナイテッドから移籍し、2020年6月30日までの契約(1シーズン延長オプション付)にサインを済ませた。

 「プロのサッカー選手になりたいと思っていた」と語るアシュリー・ヤングは、既に16歳の時に学校の教師の前でプランBはないことを宣言していた。ヤングは、5歳で地元サッカーチームのスティーブニッジ・コルツに加入した時から人生をサッカーに捧げてきた。

 ルイス・ハミルトンと同じ街で育ち、同じ学校に通ったヤングだが、同選手にとって重要なものは速い車ではなく、もちろんサッカーだ。暗くなるまで兄弟と一緒にストリートでプレーし、リビングではソファーをゴールに見立ててボールを蹴った。そしてアーセナルのレジェンドのセンターフォワード、イアン・ライトのように偉大な選手になることを夢見ていた。10歳になった時、ワトフォードのユースアカデミーでトレーニングするチャンスを掴むと、16歳になるまで毎日往復80kmを通い続けた。これはヤングにとって選手として、そして青年としての最初の試練となった。またこの間にヤングは学校とワトフォードのU16・U17でのトレーニングを両立させなければならなかった。そして大人たちにサッカー以外の選択肢も考えるべきだと言われ続けたが、ヤングの決意は変わらなかった。

 その後すぐにワトフォードでデビューすると、プレミアリーグ昇格を果たす。そして2007年にアストン・ヴィラにとって史上最高額となるオファーを受けて同クラブに移籍した。ヤングはウィングとしてもストライカーとしても、攻撃において全く容赦することはなかった。間もなくサー・アレックス・ファーガソンの目に留まり、2011年にマンチェスター・ユナイテッドに加入すると、レッド・デビルズで261試合に出場し、19ゴールを挙げた。ヤングは同クラブ在籍中にプレミアリーグ(サー・アレックスの最後のリーグ優勝となった2012-13シーズン)、FAカップ、フットボールリーグカップでそれぞれ1度、FAコミュニティ・シールドで3度、そしてヨーロッパリーグで1度の優勝を果たした。

 スピーディーで巧みなプレーをし、素晴らしいクロスを上げ、対人戦にも強い。しかし経験を積むにつれ、ヤングは守備的なプレーをするようになっていった。その結果ウィングバックのポジションを担うようになり、2018年ワールドカップで最優秀左SBに選ばれるまでになった。

 インテルに加入したヤングは、ジェリー・ヒッチェンスとポール・インスに続き3人目のイングランド出身のネラッズーリとなった。1961年から1963年までインテルに所属したヒッチェンスは43試合に出場して20ゴールを決め、スクデットを一度獲得している。そしてインスは1995年から1997年の2シーズンをネラッズーリとしてプレーし、73試合出場13ゴールを記録している。ヤングの代表戦キャリアを見てみると、イングランド代表として39試合に出場し、7ゴールを挙げている。

 反レイシズムの活動に熱心に取り組むヤングは、マンチェスター・ユナイテッドで過ごした直近3シーズンにキャプテンとしてチームを率いた。しかし同選手は今、ネラッズーリ・ファミリーの一員として新たな冒険を始める準備ができている。インテル一同、クラブに新加入したヤングの素晴らしい活躍を願っている。

#WelcomeAshley!


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