11 MAY 1994年5月11日:サン・シーロでUEFAカップを掲げる

 UEFAカップ決勝2ndレグの対ザルツブルグ戦で1-0の勝利してから今日で26年経過した。

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11 May 1994年5月11日:サン・シーロでUEFAカップを掲げる
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11 May 1994年5月11日:サン・シーロでUEFAカップを掲げる
11 May 1994年5月11日:サン・シーロでUEFAカップを掲げる
11 May 1994年5月11日:サン・シーロでUEFAカップを掲げる
11 May 1994年5月11日:サン・シーロでUEFAカップを掲げる

 ミラノ発 - 1994年5月11日夜の試合を振り返ったワルテル・ゼンガが「私から誰もこの喜びを取り上げることは出来ない。インテル選手としての最終戦になることは分かっていたよ。本当にタフで難しいシーズンだった。サン・シーロは最上階まで満員で、全員が私の名前をチャントしていた。ヨンクが得点を決めてホームファン全員の前で勝利したよ。全員にとって完璧で忘れられない筋書きとなった」と語った。

 1993-94シーズンUEFAカップ決勝2ndレグ。ウィーンにあるエアンスト=ハッペル=シュタディオンでの1stレグでインテルはニコラ・ベルティの得点でオーストリア・ザルツブルグを1-0で下していた。インテルは降格争いやジャンピエロ・マリーニがシーズン途中から監督に就任するなど最も不思議なシーズンの一つを経験したネラッズーリファン全員にとって2ndレグは夢のような夜となった。

 祝賀の夜、それは観客の興奮とサン・シーロに足を運んだ大観衆を見れば明らかだった。そして同夜は本物のインテルシティ2名にとってネラッズーリカラーでの最終戦でもあった:ワルテル・ゼンガ、リッカルド・フェッリ。

 同スパイダーマンのラストダンスとなった同決勝で、ゼンガは信じられないようなセーブや自身が持つ能力全部をこの素晴らしい夜に誇らしげに披露。そして緑色のGKユニフォームを着た同氏は同オーストリアチームの攻撃を全てシャットアウトした。同夜にゼンガが失点を喫することはなかった。自分のクリーンシートとヨンクの得点が優勝の喜びを爆発させた。ヨンクは同シーズンのUEFAカップで既に結果を残していた:ソーサからのパス、左足でのタッチ、巧妙な右足での技ありシュートでコンラドが守るゴールネットを揺らした。

 美しく気持ちのこもった同勝利はインテル史上2度目のUEFAカップ優勝を実現させた。

インテル 1-0 オーストリア・ザルツブルグ

得点者: ヨンク(62分) 

インテル:Inter: Zengazゼンガ、A. パガニン、フォントラン(フェッリ68分)、ヨンク、ベルゴミ、バッティスティーニ、オルランド、マニコネ、ベルティ、ベルカンプ( M. パガニン89分)、ルベン・ソーサ
控え:ヌッソ、デッラーノ、マラッツィナ
監督:マリーニ

ザルツブルグ:コンラド、ライナー、ウェバー、ヴィンクホーファー(アマーハウザー68分)、フルシュタラー、アイグナー、ユルセヴィッチ、アルテナー(シュタイナー73分)、マルキーニョ、ファアージンガー、フッター 
控え:イッリザンカー、ムチェク、ガルガー 
監督:オット・バリッチ

主審:マッククルスキー(スコットランド)


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タグ: inter forever
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