Inter Hall of Fame:ロナウドについておそらく知られていない5つの要素

INTER HALL OF FAME:ロナウドについておそらく知られていない5つの要素

 同ブラジル人は2018年インテル殿堂入りを果たした。

 ミラノ発 - 誰が2020年インテル殿堂入りを果たすのか?すでに元インテルレジェンド8名が2018年と2019年に殿堂入りした。ロナウドは2018年にFW選手として初、2019年にはジュゼッペ・メアッツァがクラブ殿堂の歴史に名を刻んだ。今日はロナウドについて5つの要素を紹介する。

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1) “フェノメノ”だけではない:ロナウドの最初のニックネームは...

 ロナウド・ルイス・ナザーリオ・デ・リマ:1976年9月22日、リオデジャネイロのベント・リベイロで生まれた。“ロナウド”という名前はロナウド・ヴァレンテを讃えて同氏の両親が選んだ。全員がロナウドと呼ぶのか、いや違う。2歳年上のロナウドの兄ネリオ・ジュニオールは"ロ-ナ-ウ-ド"と正しく発音できず、簡単な呼び名として彼を“ダダド”と呼んでいる。結果的に彼が育ったリオのストリートに住む当時の子供たちは彼を数年間“ダダド”と呼び続け、ロナウドが本名で呼ばれることを望んだ16歳の頃まで同ニックネームを持っていた。彼は選手としてただ若く、多くの人々に“ロナウジーニョ”(意味はリトル・ロナウド)と呼ばれていたが、彼らはロナウドに多くの期待を寄せ、ロナウジーニョからフェノメノと呼ばれ始めた。ピッチ上のロナウドのプレーぶりを見れば、同ニックネームだけが彼の超常現象的な能力を自然に表現できる。バルセロナではコンポステラ戦で決めたあの有名な得点後にカタランのラジオショーが最も相応しいニックネーム投票を実施:“スーパーヒューマン”と“E.T.”が最多票を得た。だがロナウドは最終的に"フェノメノ"と最後まで呼ばれ続け、有名なチャントにも組み込まれた:“オー、フェノメノ、彼は俺らの一人”。そして短縮系としてほぼ全員がロナウドをシンプルにロニーと呼んでいる。

2) インテル選手としてたった99試合しか出場していないが59得点!

 1997年から2002年までインテルユニフォームを着用したロナウドは公式戦99試合で59得点を奪った。インテル時代に怪我が彼のプレー時間を奪い去った事実はインテルファンと世界中のサッカーファンの大きな痛念の源だ。ロナウドの初得点は出場2試合目、アウェイでのボローニャ戦(4-2)。反対に最後の得点はピアチェンツァ戦(3-1)での直接フリーキック。インテル時代の大会別得点数:セリエA合計49得点、UEFAカップ合計6得点、チャンピオンズリーグ合計1得点、コッパ・イタリア合計3得点。 

3) ブラジル代表として2度のW杯制覇

 誰もが2002年日韓W杯でロナウドが世界の頂に君臨したのは思い出せるだろう。ユニークな髪型をしたロナウドは横浜国際総合競技場での決勝ドイツ戦でドッピエッタを決めて母国を優勝に導き、W杯トロフィーにキスをした。その瞬間にロナウドはそれ以前の辛い痛みを拭い去った:インテルでの苦い同シーズン終了、そして4年前の1998年フランスW杯決勝でフランス代表に3-0で敗れたこと。だが全員が思い出せないのは1994年アメリカ大会だ:当時17歳でカルロス・アルベルト・パレイラ監督率いる母国代表チームに選出され、アルゼンチン戦とアイスランド戦(代表初得点) に出場したが、1994年アメリカW杯は一度も出場機会はなくベンチを温め続けた。それでも1994年W杯優勝メンバーの一人だ。ロベルト・バッジョのあのPK失敗後、ロニーはパサデナのピッチ上でブラジルの国旗と共に優勝を祝った。

4) 驚異的な得点率

 ロナウドのキャリアは驚異的な得点率で際立っていた。特に度重なる重傷を負ったあの長いキャリアの中でのこの特別な数字:クルゼイロ時代(47試合44得点、ほぼ1試合1得点)、バルセロナ時代(49試合47得点)、インテル時代(99試合59得点、1試合平均得点率0.6ゴール)、レアル、マドリード時代(177試合104得点)、ACミラン時代(20試合9得点、1試合平均得点率0.45ゴール)、コリンチャンス時代(69試合35得点)、合計で518試合352得点、1試合平均得点率0.68ゴール。加えてブラジル代表では98試合62得点(1試合平均得点率0.63ゴール)。ブラジル歴代最多得点数ランキングでは2位(1位ペレ:77得点、3位ネイマール:61得点)。

5) 現在レアル・バリャドリード会長

​​​​​​​ 北米サッカーリーグ所属フォートローダーデイル・ストライカーズの共同オーナーに就任後、2018年9月3日にレアル・バリャドリードの株式51%を取得し、クラブを買収した。


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RONALDO Nazario da Lima | Interview - Inter Hall of Fame 2018

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