特別インタビュー | クルス「ユヴェントス戦での得点と私が愛するあのユニフォーム...」

特別インタビュー | クルス「ユヴェントス戦での得点と私が愛するあのユニフォーム...」

 今節のマッチデープログラムで同アルゼンチン人がインタビューに応じた

 インテル対ユベントス戦について考える時、非常に多くの素晴らしいイメージ、試合、数多くの選手が思い浮かぶ。そして特にユヴェントス戦で絶え間なく脅威となった一人の男がいた。彼はまだ当時絶対的な脅威ではなかったが、同トリノチーム戦では能力を発揮した。“El Jardinero”としても知られるフリオ・リカルド・クルスはインテル選手としてユヴェント戦で7得点を挙げた。クルスは17(日)の試合のマッチデープログラムの主役としてインタビューを行った:

フリオ、インテル対ユヴェントス戦はまもなくだ。同試合を思い浮かべて、最初に頭に浮かぶのはなんだい?

 「インテル対ユベントス戦に至るまでの日々は、常にアドレナリンに満ちていた。週末に大きな挑戦に直面する可能性は大きかったね、ネラッズーリファンは決して言葉を途切らせなかった。我々が通りで彼らに出会ったら応援の言葉だけを投げかけてくれた」

ユヴェントス戦で数多くのゴールパフォーマンスをした!

 「ユベントス戦での私の物語は1996年に始まったが、それは残念なスタートとなった。横浜で開催されたインターコンチネンタルカップで、デル・ピエロがゴールを決めて、リバー・プレートが0-1でユベントスに負けた。しかし意識はしていなかったが、その後のユベントス戦は私にとって最高の形となった - フェイエノールト時代にはドッピエッタ、ボローニャ時代は1ゴール、インテル時代では7ゴールを決めた。さらなるモチベーションがあったんだろうね。インテルに加入した時、私はイタリアダービーの真の意味を理解した」

特に絶対に忘れられないユヴェントス戦は?

 「私はユベントス戦で7ゴールを決めたが、特に忘れられないのは状況があまり良くなかったトリノで3-1の勝利を収めた試合でのゴール。あとインテルは10年間スタディオ・デッレ・アルピで勝利していなかった。その完璧な夜の全瞬間が今でも心の中にある。それは友人のアルメイダ、アダーニ、トルドとよく振り返る瞬間だよ。ブッフォンが守るゴール上隅へ決めた直接フリーキックは全員を驚かせた。ボックス手前だったから、壁を越えてゴールに蹴り込むには近過ぎた。だから私はゴールキーパーサイドを狙い、得点することができた」

君のドッピエッタで忘れられない夜となった...

 「2得点目はハビエル・サネッティの素晴らしい走りがあったおかげだ。彼が素晴らしいボールを送ってくれて、私は右足で撃ったがブッフォンはセーブした。でもボールが跳ね返り神経を尖らせた私は左足でネットに向かってシュートを突き刺した。オバの得点は最高の勝利に花を添えたよ」

あの夜サネッティはアシストしたが、ユヴェントス戦で君のベストパフォーマンスを引き出した選手は他にもいるね...

 「現役生活のユベントス戦でアシストしてくれたのはゼ・マリア、ペレ、セザールだ。その得点はインテルにとって素晴らしい夜に生まれた。当時ゼ・マリアはボックス内で素晴らしいボール扱いをしていて、私はなんとかヘディングシュートを決めた。それが決勝弾となり、我々はトリノで1-0の白星を飾った。数日前に私は同得点ついて若者と話をした。彼は私の古いビデオを見ていて、私の秘密を知りたがっていた:その得点シーンで私はディフェンダーが邪魔できないようにポジショニングして、頭の右側でボールに触った」

セットプレーでも危険な完璧なストライカーだった...

 「3-1で勝利した同試合で私が決めた直接フリーキックに驚いた人もいるかもしれないが、それは初の直接フリーキックゴールではなかった。その数週間前、私はサン・シーロでのアンコーナ戦でより遠くから完璧な直接フリーキックゴールを奪っていたんだよ。私は常にフリーキックの状況にたくさん取り組んでいた。この部分に関してインテルでのフリーキック専門家、例えばレコバだ。でも私の先生はボローニャでプレーしたジュゼッペ・シニョーリだったね。彼を通して多くの要素を改善した。彼はペナルティーキックを蹴る時に使った技を教えてくれた。彼は非常に短い助走をとって私に言った:「フリオ、君はゴールキーパーの膝を見ないといけない。彼が動くのを見たら直ぐに、反対方向にボールを蹴るんだ」

秘密は何だった?

 「左足ゴールは私にとって目新しいものではなかった。私には素晴らしい仕事観があり、改善するために毎日追い込み続ける必要があることを知っていた。子供の頃、父は私に左足でボールを蹴らせていたんだ。頻繁にトレーニング中は左足ドリブルだけをしていた。イタリアでプレーすることで大きく向上したよ。例えばグイドリンは私が最初の守備網になる術を教えてくれた。ターゲットを絞ったプレス方法で、チームメートとチームを本当に助けることができた」

途中出場から多くの試合を決めた...

 「私は途中出場から何度も得点したね、それは事実だ。私は常に準備を整えるためにトレーニングをしていた。インテルではヴィエリ、アドリアーノ、カロン、レコバ、アドリアーノ、マルティンス、クレスポ、イブラヒモヴィッチ、バロテッリなど多くの強力なアタッカー選手とプレーしたね。チャンスがあった時は結果を残す必要があった、控えのまま試合を終えるリスクを抱えた選手は多かったよ。だから常に最善を尽くすことが私のミッションだった」

どのインテルユニフォームを忘れない?

 「ユベントス戦でゴールを決めた後、喜ぶ時にユニフォームを脱いだことがあった。私がそう多くやる行動でなかったね。私はいつもインテルユニフォームと色が大好きだった。黒と青は空と夜の色。しかし最も大切にしているのはクラブ創立100周年記念ユニフォームの赤十字が施された壮大な白いユニフォームだ。他選手のユニフォームはあまり持っていない。理由は分からないけど、私が現役時代ユニフォーム交換は一般的ではなかった。でもパオロ・マルディーニやアレッサンドロ・デル・ピエロなどの最も威厳のある対戦相手選手のユニフォームは複数持っているよ」


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