アストゥティッロ・マルジョッリオがFCインテルナツィオナーレ・ミラノのPREMIO BUUを受賞

 かつてのGKが13日(月)の夜、ホール・オブ・フェーム授賞式に出席し、同アワードを受賞する。

 ミラノ発 - ゴールキーパーとして彼は盾となる道を選んだ。シュートだけでなく、偏見と不正に対する盾となる道を。アストゥティッロ・マルジョッリオは社会的に虐げられた弱く顧みられる事のない人々のための取り組みこそが、彼にとっての一条の光であると決して臆する事なく、絶えず口にする事だろう。スタディオ・メアッツァで13日(月)に開催されるインテル対キエーヴォ・ヴェローナ戦に先駆けて行われるインテル・ホーム・オブ・フェームの受賞式に続き、彼がFCインテルナツィオナーレ・ミラノが開催する - Premio BUU - Brothers Universally Unitedの最初の受賞者として登場するのは当然の成り行きと言える。

 あらゆる差別の根絶へむけて強固な姿勢を示すために開始されたBUUキャンペーンの価値をより高め、確固たるものにするためにこの賞は設けられた。クラブはその創設年である1908年以来、『世界の兄弟 - Brotehr of the world』こそがFCインテルナツィオナーレ・ミラノが伝えるべき価値である事を声高に宣言している。それは包括、友愛、団結であり、それはアストゥティッロ・マルジョッリオの人生にも色濃く反映されている。彼がハンディキャップを持つ若者たちのためのリハビリセンターを初めて訪れたのは19歳のときだ。生き馬の目を抜くサッカー界で遅れをとる危険にその身を晒しながら、彼は容易ではない選択を自らに課した。彼はサッカーキャリアを自らの天命を果たす資金繰りのために利用し、助けを必要とする社会的弱者のために尽くす道を選んだのだ。

 この選択はアストゥティッロの人生を困難なものにした。多くの人間がサッカーよりもソーシャルワークに力を入れていると彼について考えた。だがそれは見当違いだ。彼はインテルに1986年から1991年まで在籍し、新記録を樹立しスクデットを手にした1989年のチームの一員でもあった。マルジョッリオは素晴らしいチームメイト達の助力を受けていた。ある日、ユルゲン・クリンスマンがマルジョッリオがハンディキャップを抱える若者のためのリハビリを目的としたERA77協会とジムを設立したピアツェンツァに同行し、この協会の資金援助のために多額の小切手を切ったのである。

 マルジョッリオは賞賛に値する人物だ。援助を必要とする者のために惜しむことなく与えらる彼の献身は、同クラブが目指すものと一致する。この理由からFCインテルナツィオナーレ・ミラノは彼をPremio BUU - Brothers Universally Unitedの最初の受賞者として迎えることをこの上ない栄誉であると感じている。

 


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